25年後のアーカイバル処理の実際その1

90年代にプリントしていたモノクロ写真はアーカイバル処理のものがいくらかあります。

アーカイバル処理はアンセル・アダムス経由で知ることになりました。アダムスのゾーンシステムはその当時の私には敷居が高すぎたので手を出していませんでしたが、アーカイバルの方は、モノクロームの処理を志す者として一通りやって置きたいと思っていたので、かなりしつこい処理をやっていました。

アーカイバル処理という言葉自体が今ではあまり一般的ではなくなってしまったとは思いますが、簡単に言うと「保存性を重視した現像の工程と保存のメソッドに準じた処理」といったところかと思います。作品として、資料としてアーカイブされうるように適切に処理を行うことが求められています。

私の場合は、現像と水洗工程と調色で実践してただけで、保存は印画紙メーカーの箱に乾燥剤と一緒に入れているだけ。処理工程は凝っていましたが、保存は徹底していませんでした。幾度の引っ越しを経ているので、かなり混沌としています。

今となってはアーカイバルまでする意味はあったのかと思う写真が多いですが、工程をある程度自分のものにするには必要だったはずですね。

それに、せっかくバライタ紙という貴重な資源を使っているのですから大量のゴミとして消費するのはモラルに反しているのではないでしょうか?

こんな感じで荒い保存をしていた私のプリント達ですが、結果的にはまずまずの状態を保っています。

NY,Manhattan reservoir 1994

直射日光に当てず、衣装ケースの中に乾燥剤、その中にペーパーの容れ物という保存です。

このような保存方法でバライタはもちろんRCペーパーやカラーペーパーもひどい退色や黄変を示していません。

NY.Halem 1994

いや、やはり端部は黄変してますね。大事なものはやはり余白を多めにプリントしておかないといけません。

あと数十年後の状態を見てみたいものですが、わたしの寿命がいつまで続くかわかったものではありませんので、見届けられるかどうかは神のみぞ知るということになります。

そんなことを考えると写真というものが個人や社会にとってどのような意味を持つのか、考えてしまうことになります。故人の所蔵していた写真、みなさんはどうされていますか?

写真にまつわるそんな駄話を次回は書いてみたいと思います。デジタルとアナログ、情報としての写真と物体としての写真……。

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